かどやに雪が降りました

1月27日の活動中、かどやがある高槻市の原一帯は大雪でした。

かどやがある原は高槻駅から北へバイクで15分ほどでいける場所ですが、高槻駅の周辺よりも冷える傾向にあります。バスで高槻駅から向かう場合、「神峰山口」というバス停で降ります。神峰山口より2つ前の「上の口」というバス停まではずっと住宅街を進んでいくのですが、上の口を越えたあたりから景色が一変します。周囲は山に囲まれ、田んぼや畑が景色の中心になってきます。さらに、バイクに乗っていると顕著に感じるのですが、上ノ口を越えたあたりからひんやりとしてきます。夏であっても涼しさを感じるほどです。かどやも、そんな場所に建っている古民家です。

 

27日の雪が降ってくる前は、僕は低学年の男の子二人と分厚い氷を探す探検の最中でした。ここのところ、かどやにある水がたまりそうなところには毎朝氷が張っているので、かどや以外のところには、もしかしたらまだ発見されていない氷があるのではとウキウキで散策していました。かどやにできた氷は、毎朝割ってしまうのであまり分厚くなりません。だれにも発見されていない氷は、もしかしたらここ何日か誰にも割られずに育った氷だと思われるので、そう思うと余計期待が大きくなります。

そんなことを考えながら歩いているときに、雪が降ってきました。はじめは、はらはらと降っていた雪もすぐに勢いを増し、辺り一面真っ白になってきました。原を囲んでいる山々も大雪のあまり見えないほどです。田んぼの土も、道路のアスファルトも、屋根の瓦にも雪が覆って真っ白になりました。もともと人通りの少ない地域ですが、この大雪の中出歩く人は一人もいません。いつもであれば畑で作業をしている人と出会うような道も、このときは誰とも出会いませんでした。

人の気配も消え、聞こえてくる音や声は一切なくなりました。僕たちもこの言いようのない雰囲気に吞まれ、なんだか不思議な感覚に陥り口数も減っていきました。

「絵本の世界に入ったみたいやなぁ。」と一人の子が口にしました。

「ほんまそうやなぁ。かどやに戻ったらみんないないんちゃう?」ともう一人の子が返します。

その会話を聞きながら、本当にそんなことがあってもおかしくないなと思ってきます。そのくらい現実離れした時間でした。

 

なんだか、すごく貴重な体験を子ども達と共有できた気がしました。この体験がいったい子ども達にとって何だというのだと聞かれても、説得したり理屈っぽく伝えることはできないかもしれませんが、なんだか大切な時間であったように思えます。稀に、自然の中にいるとこういった類いの感覚を覚えることがありますが、この感覚はなんでしょう。

さて、お目当ての氷探しはどうなったのかと言いますと、見つかったことは見つかったのですが想像を超えてくるものではなかったみたいです。期待し過ぎちゃったかもしれません。しかし、おそらく氷のことはたいした問題ではなかったのでしょう。目的とは別のところに感動することがあるなんて、なんとかスクールではよくあることです。そして、目的を達成することよりも大切なことも沢山ありそうです。

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